人さきへ駈け抜けて内へはいりました。六三郎はあとから連れ込まれました。
 半分はもう夢中でしたから、六三郎にもよくは判りませんでしたろうが、ともかくも幾間もある広い家の奥へ通されると、ここは三十畳以上もあろうかと思われる大きな座敷で、幾つかの燭台が煌々とついています。正面の床の間の前に控えているのが親分の吉五郎で、年のころは四十七八の肥った男、左の眉のはずれには大きな切傷の痕がただれて残っています。その両側には二、三十人の子分がずらりと居ならんで、今が酒盛りの真っ最中です。座敷の下《しも》の方《かた》には六枚折りの屏風が逆さに立ててありました。
 六三郎の顔をみると、吉五郎はにやにや笑いながら、「さあ、遠慮なしにこっちへ来なせえ。」と、自分のとなりに坐らせました。無論、幾たびも辞退したのですけれども肯《き》きません、子分たちは無理無体に六三郎の手を取って、親分のとなりの席へ押しすえたので、もう逃げることも出来ません。ただ、蒼くなって小さくなって、行儀よく坐っていますと、吉五郎は「わたしは鰍沢の吉五郎という者だ。お前たちが今度こっちへ乗り込んでたいそう評判がいいというのを聞いて、わたしも
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