今夜の狂言は「菅原」と「伊勢音頭」で、六三郎は八重とおこんとを勤めたのですが、いつもよりも鬘の重い頭はなんだかぼんやりしていて、舞台もろくろくに身にしみませんでした。田舎の芝居は閉場《はね》が遅いので、自分の役をすまして宿へ帰ったのは夜の九つ過ぎ、今の十二時過ぎでしたろう。帰ると、宿の店口には大きな男が三人ばかり、たばこをのんで待っていました。六三郎の顔を見ると、いずれもばらばらと寄って来て、「おい、気の毒だがちょいとそこまで来てくれ。」と言う。そのゆく先きは大抵判っています。昼間のことを思い合わして、六三郎ははっと立ち竦んでしまいましたが、いまさら否の応のといったところで仕方がありません。
 とかく遅れ勝の六三郎を、三人は引き摺るようにして三、四町ばかり連れて行きました。町を出はずれると、暗い木のかげには又二、三人の男が立っていて、これも六三郎の前後を取り巻いて行きました。長い田圃路《たんぼみち》の夜露を踏んで、六三郎は黙って歩きました。ほかの男たちもだまって歩いていました。田圃を通り過ぎると、人家が又ちらほらと見えて来て、一軒の大きな家の前に着きますと、送り狼のような男たちは二、三
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