初の門口《かどぐち》には大きな百日紅《さるすべり》の木が立っていました。六三郎はやがてその木の下まであるいて来ると、内から丁度にお初が出て来ました。その前後には二人の子分が付いていたので、六三郎はあわてて百日紅のかげに隠れてしまいましたが、虫が知らすとでもいうのでしょうか、門を出てふた足ばかり歩くと、お初はこっちをちょっと振り返りました。銀杏返しの鬢はほつれて、その顔は幽霊のように真っ蒼に見えたので、六三郎は思わずぎょっとしましたが、なにしろ傍には大の男が二人も付いているのですから、うっかりと声をかけることも出来ません。ただ小さくなって、そのうしろ影を見送っていたのですが、お初の様子がどうも唯でない。気のせいか、子分たちの眼色もなんとなく怖いように見えたので、六三郎はますます不安心になって来たのです。ひょっとすると、自分との一件が露顕したのではあるまいか。お初はこれから親分のところへ引き摺って行かれるのではあるまいか。
こう思うと、六三郎は急に怖くなって、一生懸命に自分の宿へ逃げて帰りました。
日が暮れて、楽屋入りの時刻が来たので、六三郎は一座の役者達と一緒に芝居小屋へ行きました。
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