て、再び自分の膳の前に坐った時に、あたかもその隣りにいた近子が平の椀に箸をつけようとすると、みね子はその椀のなかを覗いて見て、あなたのお椀のなかにはなんだか虫のようなものがいるから、わたしのと取り換えてあげましょうといって、その椀と自分の椀とを膳の上におきかえてしまったという。それらの事情から考えると、恋がたきの兼子ひとりを殺しては人の疑いをひくおそれがあるので、罪もない近子までも一緒にほろぼして、なにかの中毒と思わせる計画であったらしい。女はおそろしいものですよ。」
「そうですね。」
 僕は思わず戦慄した。
「それでも良心の呵責があるので、彼女は膳にむかうと、また起った。そこに二様の判断がつくのです。」と、かれは更に説明した。「彼女が座敷へ戻るまでの間に、果たしてどう考えたかが問題です。急におそろしくなって止めようとしたか、それともあくまでも決行しようと考えていたか、そこはよく判らない。一旦は中止しようと思ったが、兼子がもうその椀に箸をつけてしまったのを見て、今さら仕様がないと決心して、自分も一緒に死ぬ覚悟で近子の椀を取ったのか。あるいは兼子を殺すのは最初からの目的であるが、罪もない
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