てあんな悪いたずらをする筈がない。前からの知合いと判って、僕もはじめて成る程と得心した。かれらのいたずらに対して、相手の方でも深くとがめなかった理由もそれで覚られた。
「学生の一人は遠山、ひとりは水島というのです。」と、通信員はまた教えてくれた。「どっちも同《おな》い年で、宿帳には二十二歳としるしてありました。二人とも徒歩で木曾街道を旅行して、それから名古屋へ出て、汽車で東京へ帰る予定だということです。唯それだけのことで、別に怪しい点もないのですが、かの女学生たちと前から知合いであるというので、警察の方でも取り調べ上の参考として必要な人間でもあり、もう一つはその晩に例の山椒の魚の一件があるので、かたがた引き留められているのですが、わたしの考えでは、あの学生たちは単に懇意という以上に、女学生と親密な関係があるのじゃないでしょうか。あなたはそんな形跡を認めませんでしたか。」
「知りませんね。」
なにを訊かれても一向に要領を得ないので、通信員の方でも見切りをつけたらしく、いい加減に話を打ち切って僕の座敷を出て行ってしまった。しかし、かの通信員からこれだけのヒントを与えられて、いかにぼんくらの僕でも少しは眼のさきが明かるくなった。もし彼が想像する通りに、かの男女学生らのあいだに普通以上の交際があるとすれば、ふたりの女学生の変死も単に食い物の中毒とばかりは認められないように思われて来た。そんなら誰がどうして殺したのか、二人の学生が二人の女学生を毒殺したのか。なんの目的でそんな怖ろしいことを仕いだしたのか。単純な僕の頭脳《あたま》では、やはりその疑問を解決することは出来そうもなかった。
僕はともかくも二階を降りて行って、下の様子をそっとうかがうと、二人の学生は女学生たちの死体を横たえている八畳のうす暗い座敷に坐って、ゆうべとはまるで打って変わったようなしおれ切った態度で、白い布をかけてある死体を守っているらしかった。そのそばには眼を泣き腫らした女学生の一人がしょんぼりと坐っていた。宿の者が供えたらしい線香の煙りが微かになびいて、そこには藪蚊のうなり声もきこえないほどに森閑と静まり返っていた。
宿の者の話によると、けさ早々に東京へ電報を打ったのであるから、今夜か、あるいはあしたの早朝には死体を引き取りに来るのであろうとのことであった。
日が暮れて風呂に行くと、かの通信員
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