を開始することになった。ゆうべ悪いたずらをした学生たちもこの旅籠屋を立ち去ることを許されなかった。
 そのなかで僕だけは全然無関係であるから、自由に出発することが出来たのであるが、この事件の落着がなんとなく気にかかるので、僕ももう一日ここに滞在することにして、一種の興味をもってその成り行きをうかがっていると、午飯《ひるめし》を食ってしまった頃に、近所の町から東京の某新聞社の通信員だという若い男が来た。商売柄だけに抜け目なくそこらを駈け廻って、なにかの材料を見つけ出そうとしているらしく、僕の座敷へも馴れなれしくはいって来て、なにか注意すべき材料はないかと訊いた。訊かれても僕はなんにも知らない、かえって先方からこんな事実を教えられた。
「あの女学生は東京の○○学校の寄宿舎にいる人達で、なにか植物採集のためにこの地へ旅行して来たのだそうです。死んだ二人は藤田みね子と亀井兼子、無事な一人は服部近子、三人ともにふだんから姉妹《きょうだい》同様に仲よくしていたので、今度の夏休みにも一緒に出て来たところが、二人揃ってあんなことになってしまったものですから、生き残った服部というのは、まるで失神したように唯ぼんやりしているばかりで、なにを訊いても要領を得ないには警察の方でも弱っているようです。」
「なにしろ気の毒なことでしたね。」と、僕は顔をしかめて言った。実際、若い女学生が二人までも枕をならべて旅に死ぬというのは、あまりに悲惨の出来事であると思った。
「ところで、その前に山椒の魚の騒ぎがあったそうですね。」と、通信員はささやいた。「それとこれと何か関係があるのでしょうか。あなたの御鑑定はどうです。」
 それも僕にはまるで見当がつかなかった。かの悪いたずらと変死事件とのあいだに、なんらかの脈絡があるかないか、それはすこぶる研究に値する問題であるとは思いながらも、その当時の僕には横からも縦からも、その端緒をたぐり出しようがなかった。
「一体あの学生はどこの人です。やはり東京から来たんですか。」
「そうです。」と、通信員はさらに説明した。「勿論ここへは別々に来たのですが、一方の女学生たちとは東京にいるときから知っていて、偶然にここで落ち合ったらしいのです。」
「では、前から知っているんですか。」と、僕も初めてうなずいた。
 いくらいたずら好きの学生たちでも、さすがに見ず知らずの女達に対し
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