もあとからはいって来た。かれは今夜もこの旅籠屋に泊まり込みで、事件の真相を探り出すのだと言っていた。
「女学生はたしかに毒殺ですよ。」と、彼は風呂のなかでささやいた。「わたしは偶然それを発見したので、警察の人にもそっと注意しておきました。」
「毒殺ですか。」と、僕は眼をみはった。
「その証拠はね。」と、かれは得意らしく又ささやいた。「わたしが午後に郵便局へ行って、その帰りに荒物屋へよって煙草を買っていると、そこの前に遊んでいる子供たちから、こういうことを聞き出したのですよ。きのうの午《ひる》頃に三人の女学生が近所の山から降りて来た。どの人も手にはいろいろの草花を持っていたが、そのなかにどこで採ったのか沢桔梗《さわききょう》を持っている者があるのを、通りかかった子供が見つけて、姐《ねえ》さんそれは毒だよと注意したそうです。沢桔梗の茎《くき》からは乳のような白い汁が出て、それは劇しい毒をもっているので、ここらでは孫左衛門殺しといって、子供でも決して手を触れないことにしているのです。女学生たちも毒草ときいてびっくりしたらしく、みんな慌ててそれを捨ててしまったそうです。さあ、そこですよ。すでに毒草と知った以上は、あやまって口へ入れる筈はありません。ねえ、そうでしょう。おそらく三人のうちの誰かがそれをそっと持って帰って食わせたと……。まあ、判断するのが正当じゃありますまいか。勿論それは沢桔梗の中毒と決まった上のことですが、どうも前後の事情から考えると、女学生と毒草と、その間に何かの関係があるように認められるじゃありませんか。」
「そうなると、生き残った女学生が第一の嫌疑者ですね。」
「そうです。服部近子という女、彼女が第一の嫌疑者です。それから遠山という学生は死んだ女学生の亀井兼子とおかしいのですよ。なんでも往来なかで行き違ったときに、両方で花を投げ合ってふざけていたといいますからね。」
「もう一人の学生はどうです。」
「さあ、水島の方はどうだか判りません。それが藤田みね子と関係があれば、うまくふた組揃うのですがね。」と、彼は微笑を洩らしていた。
 二階へ帰ってから僕はまた考えた。だんだんに端緒は開けて来ながら、僕にはやはりその以上の想像を逞ましゅうすることが出来なかった。僕は自分の頭脳《あたま》の悪いのにつくづく愛想をつかした。通信員の密告が動機になったのかどうか知らないが
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