少し不思議に思いました。しかし根がお武家であるので、こういう軍談には人一倍の興を催しているのかとも思って、深くは気にも留めませんでした。
七つ(午後四時)過ぎに席がはねて、わたくしはそのお武家と一緒に表へ出て、小半町ほども話しながら来ると、このごろの空の癖で、大粒の雨がぽつり/\と降り出して来ました。西の方には夕日が光っているのですから、大したことはあるまいとは思いながらも、丁度わたくしの家の路地のそばでしたから、兎もかくも些《ちっ》とのあいだ雨やどりをしてお出でなさいと、相手が辞退するのを無理に誘って路地のなかにあるわたくしの家へ連れ込みました。連れて来ていゝ事をしました。ふたりが家の格子をくゞると、ゆう立はぶち撒けるように強く降って来ました。
「おかげさまで助かりました。」
お武家はあつく礼を云って、雨の晴れるまで話していました。やがて時分時になったので、奴豆腐に胡瓜揉みと云ったような台所料理のゆう飯を出すと、お武家はいよ/\気の毒そうに、幾たびか礼を云って箸をとりました。その時の話に、そのお武家は奥州の方角の人で、仔細あって江戸へ出て、遠縁のものが下谷の竜称寺という寺にいるの
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