ているとみえて、貝を持つ手がふるえている。これはいけない。勇気をはげます貝の音が万一いつもよりも弱いときは、ます/\士気を弱める基《もとい》であると思ったので、小早川自身がその法螺貝を取って、馬上で高くふき立てると、それが北風に冴えて、味方は勿論、敵の陣中までもひゞき渡る。明の三十万騎は先ずこれに胆をひしがれて、この戦いに大敗北をするという一条。それを上手な先生がよんだらば定めて面白いのでしょうが、なにしろ前講の若い奴が、横板に飴で、途切れ途切れに読むのですから遣切れません。その面白くないことおびたゞしい。
おまけに夏の暑い時、日の長い時と来ているのですから、大抵のものは薄ら眠くなって、いゝ心持そうにうと/\と居睡りを始める。そのなかで、彼のお武家だけは膝もくずさないで聴いています。尤もふだんから行儀のいゝ人でしたが、とりわけて今日は行儀を正しくして一心に聴きすましているばかりか、小早川がいよ/\貝をふくという件《くだり》になると、親の遺言を聴くか、ありがたい和尚様のお説教でも聴くときのように、じっと眼をすえて、息をのみ込んで、一心不乱に耳をすましているという形であるので、わたくしも
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