。と云うと、大変に釣道楽のようにもきこえますが、実はそれが一つの内職で、釣って来た鯉や鮒はみんな特約のある魚屋へ売ってやることになっているのです。武士は食わねど高楊枝などと云ったのは昔のことで、小身の御家人たちは何かの内職をしなければ立ち行きませんから、みなそれぞれに内職をしていました。四谷怪談の伊右衛門のように傘を張るのもあれば、花かんざしをこしらえるのもある。刀をとぐのもあれば、楊子を削るのもある。提灯を張るのもある。小鳥を飼うのもあれば、草花を作るのもある。阿部という人が釣に出るのも矢はりその内職でしたが、おなじ内職でも刀を磨いたり[#「磨いたり」は底本では「磨いだり」]、魚を釣ったりしているのは、まあ世間体のいゝ方でした。
五月は例のさみだれが毎日じめ/\降る。それがまた釣師の狙い時ですから、阿部さんはすっかり簑笠のこしらえで、びく[#「びく」に傍点]と釣竿を持って、雨のふるなかを毎日出かけていましたが、今年の夏はどういうものか両国の百本|杭《ぐい》には鯉の寄りがわるい。綾瀬の方まで上るのは少し足場が遠いので、このごろは専ら近所の川筋をあさることにしていました。そこで、五月の
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