け堀だって何処のことだか確かには判らないのです。御承知の通り、本所は堀割の多いところですから、堀と云ったばかりでは高野山で今道心《いまどうしん》をたずねるようなもので、なか/\知れそうもありません。元来この置いてけ堀というにも二様の説があります。その一つは、その辺に悪《わる》旗本の屋敷があって、往来の者をむやみに引摺り込んでいかさま[#「いかさま」に傍点]博奕をして、身ぐるみ脱いで置いて行かせるので、自然に置いてけ堀という名が出来たというのです。もう一つは、その辺の堀に何か怪しい主《ぬし》が棲んでいて、日の暮れる頃に釣師が獲物の魚をさげて帰ろうとすると、それを置いて行けと呼ぶ声が水のなかで微かにきこえると云うのです。どっちがほんとうか知りませんが、後の怪談の方が広く世間に伝わっていて、わたくし共が子供のときには、本所へ釣に行ってはいけない、置いてけ堀が怖いぞと嚇《おど》かされたものでした。
 その置いてけ堀について、こんなお話があります。嘉永二年|酉歳《とりどし》の五月のことでした。本所入江町の鐘撞堂の近辺に阿部久四郎という御家人がありまして、非番の時にはいつでも近所の川や堀へ釣に出る
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