には入らずの間というのがある。そこには淀殿が坐っているそうだ。」
「わたくしもそんな話を聴きましたが、ほんとうでござりましょうか。」と、勇作は首をかしげていました。
「ほんとうだそうだ。なんでも淀殿がむかしの通りの姿で坐っている。それを見た者は屹と命を取られると云うことだ。」
「そんなことがござりましょうか。」と、勇作はまだ疑うような顔をしていました。
「そんなことが無いとも云えないな。」
「そうでござりましょうか。」
「どうもありそうに思われる。」
云いかけて、今宮さんは急に床の間の方へ眼をつけました。
「論より証拠だ。あれ、みろ。」
勇作の眼にはなんにも見えないので、不思議そうに主人の顔色をうかゞっていると、今宮さんは少し乗り出して床の間を指さしました。
「あれ、鎧櫃の上には首が二つ乗っている。あれ、あれが見えないか。えゝ、見えないか。馬鹿な奴だ。」
主人の様子がおかしいので、勇作は内々用心していると、今宮さんは跳るように飛びあがって、床の間の刀掛に手をかけました。これはあぶないと思って、勇作は素早く逃げ出して、台所のそばにある中間部屋へ転げ込んだので、勘次も源吉もおどろいた
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