云うことであった。
 老人はかれを私に紹介して、この御婦人も色々の面白い話を知っているから、ちっと話して貰えと云うので、わたしはいつもの癖で、是非なにか聴かしてくださいと幾たびか催促すると、この老女もやはり迷惑そうに辞退していたが、とう/\私に責め落されて、丁寧な口調でしずかに語り出した。

 はい。年を取りますと、近いことはすぐに忘れてしまって、遠いことだけは能く覚えているとか申しますけれど、矢はりそうも参りません。わたくし共のように年を取りますと、近いことも遠いこともみんな一緒に忘れてしまいます。なにしろもう六十になりますんですもの、そろ/\耄碌しましても致方がございません。唯そのなかで、今でもはっきり[#「はっきり」に傍点]覚えて居りまして、雨のふる寂しい晩などに其時のことを考え出しますとなんだかぞっ[#「ぞっ」に傍点]とするようなことが唯《た》った一つございます。はい、それを話せと仰しゃるんですか。なんだか忌《いや》なお話ですけれども、まあ、わたくしの懺悔ながらに、これからぼつ[#「ぼつ」に傍点]/\お話し申しましょうか。
 それは安政五年――午《うま》年のことでございます。わ
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