ないと云いました。今朝から一杯も酒を飲んだことはないと云ったのですが、源七はその背中の肉を撫でて見て、少しかんがえました。
「いえ、酒の気があります。酒を飲まないにしても、味淋の這入ったものを何か喫《た》べたでしょう。少しでも酒の気があっては、彫れませんよ。」
 酒と違って、味淋は普通の煮物にも使うものですから、果して食ったか食わないか、自分にもはっきり[#「はっきり」に傍点]とは判らない。これには清吉も些《ちっ》と困った。
「味淋の気があっても不可ませんか。」
「不可ません。すこしでも酔っているような気があると、墨はみんな散ってしまいます。」
 刺青師が無分別の若者を扱うには、いつも此の手を用いるのだそうです。この論法で、きょうも不可《いけ》ない、あしたも不可ないと云って、二度も三度も追い返すと、しまいには相手も飽きて、来なくなる。それでも強情に押掛けてくる奴には、先ず筋彫りをすると云って、人物や花鳥の輪廓を太い線で描く。その場合にはわざと太い針を用いて、精々痛むようにちくり[#「ちくり」に傍点]/\と肉を刺すから堪らない。大抵のものは泣いてしまいます。縦令《よしん》ば歯を食い縛って
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