す通り、この時代の職人や仕事師には、どうしても喧嘩と刺青との縁は離れない。とりわけて裸稼業の駕籠屋の背中に刺青がないと云うのは、亀の子に甲羅が無いのと同じようなもので、先ず通用にはならぬと云っても好いくらいです。いくら大きい店の息子株でも、駕籠屋は駕籠屋で、いざと云うときには、お客に背中を見せなければならない。裸稼業の者に取っては、刺青は一種の衣服《きもの》で、刺青のない身体をお客の前に持出すのは、普通の人が衣服を着ないで人の前に出るようなものです。まあ、それほどで無いとしても、刺青のない駕籠屋と、掛声の悪い駕籠屋というものは、甚だ幅の利かないものに数えられている。清吉は好い男で、若い江戸っ子でしたが、可哀そうに刺青がないから、どうも肩身が狭い。掛声なんぞは練習次第でどうにでもなるが、刺青の方はそうは行かない。体質の弱い人間が生身《なまみ》に墨や朱を注《さ》すと、生命にかゝわると昔からきまっているんだから、どうにも仕様がない。
 背中一面の刺青《ほりもの》をみて、威勢が好いとか粋《いき》だとかいう人は、その威勢の好い男や粋な大哥《あにい》になるまでの苦しみを十分に察してやらなければなり
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