かましくなりまして、それまでは大小をさしたまゝで芝居小屋へ這入ることも出来たのですが、以来は大小をさして木戸をくゞること堅く無用、腰の物はかならず芝居茶屋にあずけて行くことに触れ渡されてしまいました。
それですから、侍が芝居を見るときには、大小を茶屋にあずけて、丸腰で這入らなければならない。つまり吉原へ遊びに行くのと同じことになったわけですから、物堅い屋敷では藩中の芝居見物をやかましく云う。江戸の侍もおのずと遠慮勝になる。それでもやっぱり芝居見物をやめられないと云う熱心家は、芝居茶屋に大小をあずけ、羽織もあずけ、そこで縞物の羽織などに着かえるものもある。用心のいゝのは、身ぐるみ着かえてしまって、双子《ふたこ》の半纏などを引っかけて、手拭を米屋かぶりなどにして土間の隅の方で竊《そっ》と見物しているものもある。いずれにしても、おなじ銭を払いながら小さく見物している傾きがある。どこへ行っても威張っている侍が、芝居[#「芝居」は底本では「芸居」]へくると遠慮をしているというのも面白いわけでした。
前置がちっと長くなりましたが、その侍の芝居見物のときのお話です。市ヶ谷の月桂寺のそばに藤崎余一
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