いたのですが、それが今日の日曜にどや/\押掛けて来たもんですから、ばあやが案内役で連れ出して行きましたよ。近所でいながら燈台下暗しで、わたくしは一向不案内ですが、今年も躑躅はなか/\繁昌するそうですね。あなたもこゝへ来がけに御覧になりましたか。」
「いゝえ。どこも覗きませんでした。」と、わたしは笑いながら答えた。
「まっすぐにこゝへ。」と、老人も笑いながらうなずいた。「まあ、まあ、その方がお利口でしょうね。いくら人形がよく出来たところで、躑躅でこしらえた牛若弁慶五条の橋なんぞは、あなた方の御覧になるものじゃありますまいよ。はゝゝゝゝゝ。」
「しかし、お客来《きゃくらい》のところへお邪魔をしましては。」
「なに、構うものですか。」と、老人は打消すように云った。
「決して御遠慮には及びません。あの連中が一軒一軒に口をあいて見物していた日にはどうしても半日仕事ですから、めったに帰ってくる気づかいはありませんよ。わたくし一人が置いてけ堀《ぼり》をくって、退屈しのぎに泥いじりをしているところへ、丁度あなたが来て下すったのですから、まあゆっくりと話して行ってください。」
老人はいつもの通りに元気よく色々のむかし話をはじめた。老人が唯《た》った今、置いてけ堀をくったと云ったのから思い出して、わたしは彼の「置いてけ堀」なるものに就いて質問を出すと、かれは笑いながら斯う答えた。
置いてけ堀といえば、本所七不思議のなかでも、一番有名になっていますが、さてそれが何処だということは確かに判っていないようです。一体、本所の七不思議というのからして、ほんとうには判っていないのです。誰でも知っているのは、置いてけ堀、片葉の芦、一つ提灯、狸ばやし、足洗い屋敷ぐらいのもので、ほかの二つは頗る曖昧です。ある人は津軽家の太鼓、消えずの行燈だとも云いますし、ある書物には津軽家の太鼓を省いて、松浦家の椎の木を入れています。又ある人は足洗い屋敷を省いて、津軽と松浦と消えずの行燈とをかぞえているようです。この七不思議を仕組んだものには「七不思議|葛飾譚《かつしかものがたり》」という草双紙がありましたが、それには何々をかぞえてあったか忘れてしまいました。所詮無理に七つの数にあわせたのでしょうから、一つや二つはどうでもいゝので、その曖昧なところが即ち不思議の一つかも知れません。
そういうわけですから、置いて
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