畳みかけて罵倒したのです。いくら口惜がっても清吉は年が若い、口のさきの勝負では迚《とて》もこゝのおふくろに敵わないのは知れている。それでも負けない気になって二言三言云い合っているうちに、周囲《まわり》にはいよ/\人立ちがして来たので、おふくろの方でも焦れったくなって来た。
「お前さんのような唐人を相手にしちゃあいられない。なにしろ、お金はあたしの娘なんだからね。当人同士どんな約束があるか知らないが、お金を貰いたけりゃあその背中へ立派に刺青をしておいでよ。」
おふくろは勝鬨のような笑い声を残して、奥へずん[#「ずん」に傍点]/\這入ってしまうと、お金はなんにも云わずに、つゞいて行ってしまった。取残された清吉は身顫いするほどに口惜がりました。
「うぬ、今に見ろ。」
その足ですぐに駈け込んだのが源七|老爺《じい》さんの家でした。老爺さんはその頃宇田川横町に住んでいて、近所の人ですからお互いに顔は知っていたのです。
おなじ悪口でも、いっそ馬鹿とか白痴《たわけ》とか云われたのならば、清吉も左ほどには感じなかったかも知れないのですが、ふだんから自分も苦に患《や》んでいる自分の弱味を真正面《まとも》から突かれたので、その悪口が一層手ひどくわが身に堪えたのでしょう。源七にむかって、なんでも可《い》いから是非|刺青《ほりもの》をしてくれと頼んだのですが、老爺《じい》さんも素直に諾《うん》とは云わなかったそうです。
「お前さんはからだが弱いので、刺青をしないと云うことも予て聞いている。まあ、止したほうが可いでしょうよ。」
こんな一通りの意見は、逆上《のぼ》せ切っている清吉の耳に這入ろう筈がありません、邪《じゃ》が非《ひ》でも刺青をしてくれ、それでなければ男の一|分《ぶん》が立たない。死んでも構わないから彫ってくれと、斯う云うのです。源七も仕方がないから、まあ兎も角も念のためにその身体をあらためて見ると、なるほど不可《いけ》ない。こんな孱弱《かよわ》いからだに朱や墨を注《さ》すのは、毒を注すようなものだと思ったが、当人は死んでも構わないと駄々を捏ねているのですから、この上にもうなんとも云いようがない。それでも商売人は馴れているから、先ずこんなことを云いました。
「それほどお望みなら彫ってあげても可《い》いが、きょうはお前さんが酔っているようだからおよしなさい。」
清吉は酔ってい
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