往来をみおろして、あれは東京の磯貝という客だと教えしより、泥酔していた小牧は、むかしの恨みを思い出してむらむらと殺意を生じ、納涼《すずみ》に行く振りをして表へ飛び出し、彼のあとをつけて含満ヶ渕まで行くと、磯貝は誰やらとしきりに言い争っている様子なり。それがいよいよ彼の反感を挑発して、突然に飛びかかって磯貝の咽喉を絞めつけ、そこへ突き倒して逃げ帰りしなりという。
 磯貝の言い争っていた男は即ち六兵衛老人なり。老人も磯貝のあとを追っ掛けて、無理無体に含満ヶ渕の寂しいところまで連れて行き、娘を凌辱したる罪を激しく責め、その償いに貴様の命をわたすか、但しはこの時鳥を慈悲心鳥として更に三千円の飼養料を払うかと、腕まくりの凄まじい権幕に談判し、磯貝がこれだけで勘弁してくれと百円ほど入れたる紙入れを突き出したるに、彼は怒ってずたずたに引裂いて捨て、磯貝が更に金時計を差し出したるに、これも石に叩きつけて打毀し、どうでも三千円を渡せと罵るところへ、かの小牧が突然に飛び込みて一言の問答にも及ばず、すぐに磯貝を絞め殺してしまいたり。これには六兵衛も呆気《あっけ》にとられて少しぼんやりと突っ立っていたるが、自
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