分の眼のまえに倒れている磯貝の死骸をみると、彼は俄かに言い知れぬ恐怖におそわれ、掴んでいたる雛鳥を投げ捨てて、これも早々に逃げ帰りしなり。これらの事情判明して六兵衛はゆるされ、小牧は捕わる。まことに不思議の出来事だと田島さんはいう。
真の犯人が逮捕されるまでは、この事件に関する新聞の記事を差止められていたが、あしたからは差止め解禁となって何でも自由にかけると田島さんは大得意なり。記事差止めが解除となれば、あしたからは各新聞紙上にこの事件の真相が詳しく発表せらるるならん。犯人の小牧はもちろん、被害者の磯貝のことも、嫌疑者の六兵衛老人のことも……お冬さんのことも……。田島さんは今夜一泊。
二十六日、雨。けさの新聞を待ちかねて手に取れば、宇都宮の新聞は一|斉《せい》に筆をそろえて今度の事件を詳細に報道したり。八時頃お冬さんをたずねると、まだなんにも知らない様子なり。言って聞かせるのもあまりに痛々しければ黙っている。田島さんはいろいろの材料をあつめて昼頃に引揚げて行く。雨はびしょびしょと降りしきりて昼でも薄ら寒い日なり。月末に近づきて各旅館の滞在客もおいおいに減ってゆく。いつもながら避暑
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