、時によればふた月でも三月でも、それからそれへと飛んであるく。したがって、ちっとぐらいの雨や風を念頭に置いていないのも当然であった。
「これからすぐに出掛けるのか。そうして今度はどっちの方角だ。」と、わたしも笑いながら訊いた。
「久しぶりで猪苗代《いなわしろ》から会津《あいづ》の方へ行ってみようと思っている。途中で宇都宮の友達をたずねて、それから……。」
「日光へでも廻るか。」
「日光……。」と、森君は急に顔をくもらせた。「いや、日光はもう十年以上も行ったことがない。あるいは一生行かないかも知れない。」
「ひどく見限ったね。日光はそれほど悪いところじゃあるまいと思うが……。」
「無論、日光の土地が悪いというわけじゃ決してない。僕も紅葉《もみじ》の時節になると、また行ってみたいような気になることもあるが、やはりどうも足が向かない。なんだか暗いような気分に誘い出されてね。」
「なぜだ。日光で何か忌《いや》なことでもあったのか。」と、わたしは一種の好奇心にそそのかされて訊いた。
「むむ。」と、森君は今ついたばかりの電燈の弱い光りを仰ぎながら溜息《ためいき》をついた。
「日光で一体どうしたんだ
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