めるのほかはなかった。
 ここまで来た以上、もちろん引っ返すわけにもいかないので、茶屋の女房が買って来てくれた血止めの薬で手当てをして、四郎兵衛とお杉はふたたび駕籠に乗って、石亀川の渡しまで急がせた。お安もさすがに追って来なかった。
 江の島の宿屋へ行き着いて、ここで午飯《ひるめし》をすませて弁天のやしろに参詣した。今度の開帳は下の宮である。各地の講中《こうちゅう》や土地の参詣人で狭い島のなかは押合うほどに混雑していた。四郎兵衛の一行三人はいずれも顔を傷つけているので、その混雑の人びとに見送られるのが恥かしかった。
 若葉どきの慣いで、きょうは朝から曇って薄ら寒いように思われたが、島へ着く頃から空の色はいよいよ怪しくなって、細かい雨がさらさらと降り出して来た。三人はその雨に濡れながら宿へ帰った。
「今夜は泊るとして、あしたはどうしようかね。」と、お杉は言った。
 今夜は江の島に泊って、あしたは足ついでに鎌倉見物の予定であったが、出先の災難に気をくさらせたお杉は、早く江戸へ帰りたいような気にもなった。自分と義助は差したることもないが、四郎兵衛の顔の腫れているのも何だか不安であった。一日も
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