の二種は奉行所の白洲で行われたが、他の二種は牢内の拷問蔵《ごうもんぐら》で行うのを例としていた。世間では普通に拷問と呼んでいるが、奉行所の正しい記録によると、笞打、石抱き、海老責の三種を責問《せめもん》、または牢問《ろうど》いと云い、釣し責だけを拷問というのである。しかし世間の人ばかりでなく、奉行所関係の役人たちでも正式の記録を作製する場合は格別、平常はやはり世間並にすべて拷問と称していたらしい。
 いよいよ拷問と決しても、すぐにその苦痛を罪人にあたえるものではない。吟味与力は罪人をよび出して今日はいよいよ拷問を行うぞという威嚇的の警告をあたえ、なるべくは素直に自白させるように努めるのであるが、それでも本人があくまでも屈伏しない場合には、係り役人は高声にかれの不心得を叱りつけて、さらに初めて拷問に着手するのである。しかもその拷問はなるべく笞打と石抱きとにとどめておく方針であるから、先ず笞打を行い、それでも屈伏しないものに対しては更に石抱きを行うのであるが、あまり続けさまに拷問を加えると落命する虞《おそれ》があるので、よくよく不敵の奴と認めないかぎりは、同時に二つの拷問を加えないことになっていた。
 吉五郎はその年の七月二十一日に第一回の拷問をうけた。かれが常習犯の盗賊であるのと、その体格が逞《たくま》しくみえたのとで、彼は一度に笞打と石抱きとの拷問を加えられたが、歯を食いしばり、口を閉じて、とうとう一言も白状しなかったので、その日はそのままで牢屋へ下げられた。笞打は罪人の肌をぬがせ、俗にいう拷問杖でその肩を打つのである。杖は竹切れ二本を心にして、それを麻でつつみ、更にその上を紙の観世捻《かんぜよ》りで巻きあげたもので、二、三回も打ちつづけられると大抵の者は皮肉が破れて血が流れる。牢屋の下男はすぐにその疵口《きずぐち》に砂をふりかけて血止めをして、打役の者がまたもや打ちつづけるのである。いかに強情我慢の者でも二百回以上は堪えられないので、普通は打つこと百五、六十回にして止めることになっている。そのあいだに、打役は「申立てろ、白状しろ」と絶えず責め問うのであるが、相手があくまでも口を閉じている以上、そのままにして中止するの外はない。吉五郎はこれだけの笞打をうけた後に、更に石を抱かされたのである。石抱きは十露盤板《そろばんいた》と称する三角形の板をならべた台のうえに罪人を坐らせて、その膝のうえに石の板を積むので、石は伊豆石にかぎられ、長さ三尺、厚さ三寸、目方は一枚十三貫である。吉五郎はその石五枚を積まれたが、やはり強情に黙っていた。
 元来、徳川時代の拷問はいかなる罪人に対しても行うことを許されていない。それは死罪以上に相当すると認められた罪人にのみ限られている。即ち所詮は殺すべき罪人に対してのみ拷問を行うことを許されているのであるから、拷問の際にあやまって責め殺しても差支えないことになっているが、その罪状の決定しないうちに本人を殺してしまうことは努めて避けなければならない。前にもいう通り、拷問を加えるということが已《すで》に係り役人の不面目であるのに、更に未決のうちに責め殺してしまったとあっては、いよいよ彼らの不名誉をかさねる道理であるから、かれらは一面に惨酷の拷問を加えていながらに、一面には罪人を殺すまいと思っている。その呼吸を呑み込んでいる罪人は、自分の体力の堪え得るかぎりはあくまでもその苦痛を忍んで強情を張り通そうとするのである。吉五郎もその一人であった。彼は生に対する強い執着心からこうして一日でも生きていようとしたのか、あるいは召捕または吟味の際に係り役人に対して何かの強い反感をいだいて、意地づくでも白状しまいと覚悟したのか、それは判らない。しかし彼が寃罪《えんざい》でないことは明白であった。
 吉五郎は八月十一日によび出されて、第二回の拷問をうけた。それは前回とおなじく、笞打(記録には縛《しば》り敲《たた》きとある。笞打と同意義である)のほかに石五枚を抱かされたが、かれはやはり問に落ちなかった。第三回は九月十六日で、かれは笞打のほかに石六枚を抱かされた。第四回は同月十九日で、笞打ほかに石七枚を抱かされた。拷問の回数のすすむにしたがって、石の数がだんだんと殖《ふ》えてくるのであった。
 第五回は十月二十一日で、例のごとく拷問に取りかかろうとする時、かれは俄《にわか》に「申上げます、申上げます」と叫んだ。そうして、自分の罪状を一切自白したので、拷問は中止された。彼はそのままで牢屋へ下げられた。これで彼の運命は一旦定まったのであるが、間もなく病気にかかったという牢屋医者からの届け出があったので、その仕置は来春まで延期されて、かれは暗い牢獄のなかで天保六年の春を迎えた。
 三月になって、かれの病気は全快した。それと同時に、彼は去
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