悪いとみな思った。そうして、それが何かの不吉の前兆であるかのようにも恐れられた。
 夜がふけて文次郎が帰って来た。彼は鮫洲の宿《しゅく》をうろ付いて、一|※[#「日+向」、第3水準1−85−25]《とき》ほども待っていたが、老婆は遂に引っ返して来ないので、よんどころなくかの風呂敷包みをかかえて戻ったというのである。
「こんなことが近所にきこえると、何かの噂《うわさ》がうるさい。知れないように捨てて来い。」と、由兵衛は言った。
 文次郎は再びその包みを抱え出して、夜ふけを幸いに、高輪の海へ投げ込んでしまった。それを知っているのは、由兵衛夫婦とお妻だけで、忰《せがれ》の由三郎も他の奉公人らもそんな秘密をいっさい知らなかった。
 横浜見物のみやげ話も何となく浮き立たないで、お峰親子は暗い心持のうちに幾日を送った。取分けて、お妻はかの怪しい老婆から不吉な贈りものを受けたようにも思われて、横浜行きが今更のように悔まれた。厄除大師を恨むようにもなった。なまじいの情けをかけずに、いっそかの老婆を見捨てて来ればよかったとも思った。女房や娘の浮かない顔色をみて、由兵衛は叱るように言い聞かせた。
「もう済
前へ 次へ
全25ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング