かりでもあるので、婿の平蔵にそっと耳打ちすると、平蔵も不安らしくうなずいた。
「実は私にも同じことを言いました。医者も取揚げ婆さんも今月の末頃だというのに、当人はどうしても、あしたの日暮れ方だと言い張っているのは、何だかおかしいように思われますが……。」
「そうですねえ。」
 九月二十四日の一件が胸の奥にわだかまっているので、その晩はお峰も井戸屋に泊り込んで、あしたの夕方を待つことにした。明くる二十四日は朝からほがらかに晴れて、秋風が高い空を吹いていた。渡り鳥の声もきこえた。
 お妻も昼のあいだは別に変ったこともなかったが、いわゆる釣瓶落《つるべおと》しの日が暮れて、広い家内に灯をともす頃、かれは俄《にわ》かに産気づいて、安らかに男の児を生み落した。その予言が見事に適中して人々を驚かせた。
 その知らせに驚いて駈けつけて来た産婆にむかって、お妻は訊いた。
「男ですか、女ですか。」
「坊ちゃんでございますよ。」と、産婆は誇るように言った。
「そうですか。」と、お妻はほほえんだ。「早くあっちへ連れて行ってください。おっ母さんもあっちへ行って……。」
 男の児の誕生に、一家内が浮かれ立ってい
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