の菩提寺で、その寺参りの帰り途にかの大鯉を救ったのであると、梶田老人は説明した。鯉は覚悟のいいさかなで、ひと太刀をうけた後はもうびくともしなかったが、それでも梶田さん一人の手には負えないので、そこらの人達の助勢を借りて、龍宝寺まで運び込んだ。寺内には大きい古池があるので、傷ついた魚はそこに放された。鯉はさのみ弱った様子もなく、洋々と泳いでやがて水の底に沈んだ。
仏の忌日にいい功徳をしたと、三右衛門はよろこんで帰った。しかも明くる四日の午《ひる》頃に、その鯉が死んで浮きあがったという知らせを聞いて、彼はまた落胆した。龍宝寺の池はずいぶん大きいのであるが、やはり最初の傷のために鯉の命はついに救われなかったのであろう。乱暴な旗本の次男の手にかかって、むごたらしく斬り刻まれるよりも、仏の庭で往生したのがせめてもの仕合せであると、彼はあきらめるのほかはなかった。
しかもここに怪しい噂が起った。かの鯉を生捕ったのは新堀河岸の材木屋の奉公人、佐吉、茂平、与次郎の三人と近所の左官屋七蔵、桶屋の徳助で、文字友から貰った一朱の銀《かね》で酒を買い、さかなを買って、景気よく飲んでしまった。すると、その夜
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