て食うのは薄気味が悪かった。その臆病そうな顔色をみまわして、弥三郎はあざ笑った。
「はは、みんな気味が悪いのか。こんな大きな奴は祟るかも知れないからな。おれは今までに蛇を食ったこともある、蛙を食ったこともある。猫や鼠を食ったこともある。鯉なぞは昔から人間の食うものだ。いくら大きくたって、食うのに不思議があるものか。祟りが怖ければ、おれに呉れ。」
痩せても枯れても旗本の次男で、近所の者もその顔を知っている。冷飯《ひやめし》食いだの、厄介者だのと陰《かげ》では悪口をいうものの、さてその人の前では相当の遠慮をしなければならない。さりとて折角の獲物を唯むざむざと旗本の次男に渡してやるのも惜しい。大勢は再び顔をみあわせて、その返事に躊躇していると、又もや群集をかき分けて、ひとりの女が白い顔を出した。女は弥三郎に声をかけた。
「あなた、その鯉をどうするの。」
「おお、師匠か。どうするものか、料《りょう》って食うのよ。」
「そんな大きいの、うまいかしら。」
「うまいよ。おれが請合う。」
女は町内に住む文字友という常磐津の師匠で、道楽者の弥三郎はふだんからこの師匠の家《うち》へ出這入りしている。文
前へ
次へ
全16ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング