である。しかも元気のいい老人で、いつも若い者の仲間入りをして、そこらを遊びあるいていた。大抵の老人は若い者に敬遠されるものであるが、梶田さんだけは例外で、みんなからも親しまれていた。実はきょうも私が誘い出したのであった。
「千住の川魚料理へ行こう。」
 この動機の出たときに、梶田さんは別に反対も唱えなかった。彼は素直に付いて来た。さてここの二階へあがって、飯を食う時はうなぎの蒲焼ということに決めてあったが、酒のあいだにはいろいろの川魚料理が出た。夏場のことであるから、鯉の洗肉《あらい》も選ばれた。
 梶田さんは例の如くに元気よくしゃべっていた。うまそうに酒を飲んでいた。しかも彼は鯉の洗肉には一箸も付けなかった。
「梶田さん。あなたは鯉はお嫌いですか。」と、わたしは訊いた。
「ええ。鯉という奴は、ちょいと泥臭いのでね。」と、老人は答えた。
「川魚はみんなそうですね。」
「それでも、鮒や鯰は構わずに食べるが、どうも鯉だけは……。いや、実は泥臭いというばかりでなく、ちょっとわけがあるので……。」と、言いかけて彼は少しく顔色を暗くした。
 梶田老人はいろいろのむかし話を知っていて、いつも私たち
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