ていたので、麹町に住んでいる私は毎日この堀ばたを往来しなければならなかった。朝は登校を急ぐのと、まだそれほどに暑くもないので、この柳を横眼に見るだけで通り過ぎたが、帰り路は午後の日盛りになるので、築地から銀座を横ぎり、数寄屋橋見附を這入《はい》って有楽町を通り抜けて来ると、ここらが丁度休み場所である。
日蔭のない堀ばたの一本道を通って、例のうなぎ釣りなぞを覗《のぞ》きながら、この柳の下に辿《たど》り着くと、そこにはいつでも三、四人、多い時には七、八人が休んでいる。立ちン坊もまじっている。氷水も甘酒も一杯八厘、その一杯が実に甘露の味であった。
長い往来は強い日に白く光っている。堀ばたの柳には蝉の声がきこえる。重い革包《かばん》を柳の下枝にかけて、帽子をぬいで、洋服のボタンをはずして、額の汗をふきながら一杯八厘の甘露を啜《すす》っている時、どこから吹いて来るのか知らないが、一陣の凉風が青い蔭を揺《ゆる》がして颯《さっ》と通る。まったく文字通りに、凉味骨に透るのであった。
「凉しいなあ」と、私たちは思わず声をあげて喜んだ。時には跳《おど》りあがって喜んで、周囲の人々に笑われた。私たちばか
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