、友蔵も幸吉もどこへか飲みに出かけて、お常ひとり留守番をしている。思いも付かない人がたずねて来たので、お常もすこし驚いたが、まさかにいやな顔も出来ないので、内へ入れてしばらく話していると、由兵衛は例の虎の子の一件を言い出した。
 その種を割って世間へ吹聴すれば、折角の代物《しろもの》に疵が付く、人気も落ちる。由兵衛はそれを匂わせて、幾らかいたぶるつもりで来たのだ。
 これにはお常も困った。折角大当りを取っている最中に、つまらない噂を立てられては商売の邪魔になる。もう一つにはお常も人情、むかしは世話になった由兵衛が左前《ひだりまえ》になっているのを知ると、さすがに気の毒だという念も起る。殊にこのごろは自分たちの懐《ふところ》も温かいので、お常は気前よく十両の金をやった。それには虎の子の口留めやら、むかしの義理やら、いろいろの意味が含まれていたのだろうが、十両の金を貰って、由兵衛はよろこんだ。せいぜい三両か五両と踏んでいたのに、十両を投げ出されたのだから文句はない。由兵衛は礼をいって素直に帰った。
 長屋の路地から表へ出ると、丁度そこへ友蔵が帰って来た。二人がばったり顔をあわせると、由兵衛
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