って、借金は出来る、やけ酒を飲むというわけで、ますます落目になって来た。その由兵衛の耳にはいったのが両国の『虎の子』で、友蔵の小屋は毎日大入りだという評判。余人ならばともあれ、自分のかたきと睨んでいる友蔵の観世物が大当りと聞いては、今のわが身に引きくらべて由兵衛は残念でならない。恨みかさなる友蔵めに、ここで一泡吹かせてやろうと考えた。
 由兵衛も同商売であるから、インチキ仲間の秘密は承知している。千里の藪で生捕りましたる虎の子が本物でないことは万々察している、そこで先ずその正体を見きわめてやろうと思って、手拭に顔をつつんで、普通の観客とおなじように木戸銭を払ってはいったが、素人と違って耳も眼も利いているから、虎の正体は大きい猫であって、その啼き声をごまかすために銅鑼や太鼓を叩き立てるのだという魂胆を、たちまちに看《み》破ってしまった。」
「その次の幕はゆすり場ですね。」
「話の腰を折っちゃあいけない。しかしお察しの通り、由兵衛は一旦自分の家へ引揚げて、日の暮れるのを待って本所番場の裏長屋へたずねて行った。
 十一月十日、その日は朝から陰って、時々にしぐれて来る。このごろは景気がいいので
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