まの御利益《ごりやく》だろうとお常はいう。
 鮫洲の鯨とちがって、買値はたった一朱だから、損をしても知れたもので、まったく掘出し物であったかも知れない。
 なにしろ珍しい猫に相違ないのだから、猫は猫として正直に観せればよかったのだ。これは野州庚申山で生捕りましたる山猫でござい位のことにして置けば無事だったのだが、そこが例のインチキで、弟の幸吉が飛んだ商売気を出した。というのは、それが三毛猫で、毛色が虎斑のように見える。それから思い付いて、いっそ虎の子という事にしたらどうだろうと発議すると、成程それがよかろう、猫よりも虎の方が人気をひくだろうと、友蔵夫婦も賛成した。
 そこで、これは唐土千里の藪で生捕った虎の子でござい……。
 いや、笑っちゃあいけない、本当の話だ。表看板には例の国姓爺《こくせんや》が虎狩をしている図をかいて、さあ、さあ、評判、評判と囃し立てることになった。」
「でも、虎と猫とは啼き声が違うでしょう。」
「さあ、そこだ。虎と猫とは親類すじだが啼き声が違う。いくら虎の子でもニャアとは啼かない。それは友蔵らもさすがに心得ているから、抜目なく例のインチキ手段を講じた。まず舞台一
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