りにわたしが出てゐりやあお長屋の義理は濟んでゐますよ。
助十 えゝ、おめえのやうな曳摺《ひきず》り嚊《かゝあ》がによろによろ[#「によろによろ」に傍点]してゐたつて何の役に立つものか。よし原の煤掃《すゝは》きとは譯が違はあ。早く亭主をひき摺り出せといふのに……。
助八 今までおれも氣が注《つ》かなかつたが、こゝの權三はまだ出て來ねえのか。なるほど盜人のひる寢にも程があらあ。(おかんに。)さあ、早く連れて來ねえよ。
おかん おまへさん達は人聞きが惡い。二口目にはぬす人のひる寢なんぞと、大きな聲で云つてお呉《く》んなさるなよ。内の人は夜の商賣が主だから、晝間寢てゐるのさ。それに不思議があるものかね。
助十 それを云へば、おれだつて同じ商賣で片棒をかついでゐるのぢやあねえか。そのおれが斯うして働いてゐるのに、相棒の權三が寢てゐるといふ法があるものか。
おかん 相棒と云つても、内の人は先棒だよ。ちつとは遠慮をするものさ。
助十 先棒でも後棒でも、斯ういふときに遠慮が出來るものか。
助八 先棒を嵩《かさ》にきて、乙《おつ》う大哥風《あにいかぜ》を吹かすなら、おめえの亭主なんぞは頼まねえ。これから
前へ 次へ
全84ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング