に、朝から酒を買への何のと勝手な熱ばかり吹くから、あたしが少し口答へをすると、すぐに生かすの殺すのといふ騷ぎさ。愛想が盡きるぢやあありませんか。
與助 どつちの贔屓《ひいき》をするでもないが、どうもそれは御亭主の方がよくないやうだな。
權三 なぜ惡いんだよ。
與助 なぜと云つて、おまへは町内あづけの身の上ではないか。それが朝から酒を飮んで、女房を生かすの殺すのと騷ぎ立てて、そんなことがお上の耳に這入つたらどうするのだ。今度の一件の落着《らくちやく》するまでは、せい/″\謹愼してゐなければなるまいではないか。
おかん それをあたしが云つて聞かせても、馬の耳に念佛なんですよ。
權三 うるせえ。引込んでゐろ。(すこし眞面目になつて。)なるほど、おめえの云ふ通り、こんなことが聞えたら好くねえだらうね。
與助 それはよくないに決まつてゐる。それだから、まあおとなしくしてゐなさいと云ふのだ。
權三 むゝ。(いよ/\悄《しよ》げて。)どうも詰らねえことになつてしまつたな。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから2字下げ]
(この時、隣の助十の家でも怒鳴る聲がきこえる。)
[#ここで字下げ終わり]

前へ 次へ
全84ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング