六郎 それは受合へない。町内あづけとでも來れば占《し》めたものだが、吟味中は一先づ入牢《じゆろう》といふことになるかも知れないな。
おかん あら、牢に入れられるの……。(泣き出す。)お家主さん。それぢやああんまりぢやあありませんか。罪もない内の人を牢へ入れて……。若しいつまでも歸されなかつたら、お前さんどうしてくれるんですよ。
助八 吟味中は入牢なんていふことになると、兄貴もちつと可哀さうだな。もし、大屋さん。兄貴の身代りにわつしを縛つて行つてくれませんかね。どうせ拵《こしら》へ事なら兄貴でも弟でも構ふめえ。わつしの亂暴は世間でも皆んな知つてゐるんだから、わつしが暴れたといふ方が却つて本當らしいかも知れませんぜ。
六郎 だが、その晩のことを詳しくお調べになつたときに、本人でないと申口《まをしぐち》が曖昧になつていけない。やつぱり兄貴を縛るより外はないな。
助八 (助十の顏をのぞく。)兄い、おめも好いかえ。
助十 いゝよ、いゝよ。大丈夫だ。
助八 だが、どうもおれを遣つた方がよささうだな。大屋さん、どうしてもいけませんかえ。
六郎 まあ、まあ、さう案じることはない。(おかんに。)おまへ
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