十に。)おい、あれは幾日だつけな。
助十 さあ、おれもよくは覺えてゐねえが、なんでも二の酉《とり》の前の晩あたりぢやなかつたかな。
權三 違えねえ、二の酉の前の晩だ。その晩の九つ過ぎでもありましたらうか、この助十とわつしとが遲い仕事から歸つて來まして、馬喰町の横町へ差しかゝると、頬かむりをした一人の野郎が天水桶で何か洗つてゐるやうでしたから、何をしてゐるのかと提灯の火で透かしてみると、そいつは着物の袖を洗つてゐるらしいのです。
六郎 むゝ。それから何うした。
權三 (助十をみかへる。)おい、おれにばかり云はせてゐねえで、手前も些《ちつ》としやべれよ。かうなりあ何《ど》うでお互《たげ》えに係り合だ。
六郎 では、助十。そのあとを早く云へ。
助十 もし、大屋さん。うつかりした事をしやべつて、若しそれが間違ひだつた時には、どういふことになりませうね。
六郎 それは事にもよるな。その事によつて重い罪にもなれぱ、輕い罪にもなる。
助十 人殺しなんぞは重い方でせうね、
六郎 それは勿論のことだ。
助十 いけねえ、いけねえ。それだからおれは忌《いや》だといふのだ。權三。手前は勝手に何でもしやべれ。お
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