の米屋といふ旅籠屋《はたごや》の隱居所へ忍び込み、六十三歳になる女隱居を殺害して、金百兩をうばひ取つたと申すことでござりますが、それは本當でござりますか。
六郎 (氣の毒さうに。)さあ、彦兵衞さんに限つてそんな事のあらう筈はないと思つてゐたが、御奉行所の嚴しいお調べで本人はたうとう白状したと云ひますよ。
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(上のかたより權三はぶら/\出で來り、この體をみて少し躊躇《ちうちよ》し、やがて拔足をして家のうしろを廻り、下のかたの柳の下に立つて聽いてゐる。)
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彦三郎 それがどうしても本當とは思はれません。わたくしの父は盜みを働くやうな、まして人を殺して金をぬすむやうな、そんな不義非道の人間ではござりません。あまりに御吟味がきびしいので、身におぼえのないことを申立てたのかも知れません。(だん/\激して來る。)もし、おまへ樣。いづれにしてもこれは何かの間違ひに相違ござりません。屹《きつ》と何かの間違ひでござります。
六郎 息子のおまへさんがさう思ひつめるのも無理はないが、この一件
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