籠かき助十が住んでゐる。いづれも破れ障子のあばら屋にて、權三の家の臺所は奧にあり。助十の家《うち》の臺所は下のかたにある。權三の家の土間には一|挺《ちやう》の辻駕籠が置いてある。二軒の下のかたに柳が一本立つてゐて、その奧に路地の入口があると知るべし。

(けふは長屋の井戸がへにて、相長屋の願人坊主、雲哲、願哲の二人も手傳ひに出てゐる體《てい》にて、いづれも權三の家の縁に腰をかけて汗をふいてゐる。助十の弟助八は廿歳《はたち》前後のわか者、刺青《ほりもの》のある男にて片肌をぬぎ、鉢卷、尻からげの跣足《はだし》にて澁團扇《しぶうちは》を持つて立つてゐる。權三の女房おかん、河岸《かし》の女郎あがりにて廿六七歳、これも手拭にて頭をつゝみ、襷《たすき》がけにて浴衣《ゆかた》の褄《つま》をからげ、三人に茶を出してゐる。少しく離れて、猿まはし與助は手拭を頸にまき、浴衣の上に猿を背負ひ、おなじく尻からげの跣足にてぼんやりと立つてゐる。表には角兵衞獅子の太鼓の音きこゆ。)
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雲哲 やれ、やれ、暑いことだぞ。
願哲 まさか笠をかぶつて井戸
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