った。その書き物の文字はいちいち正確には記憶していないが、大体こんなことが書いてあったのだ。
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当家の妾たまと申す者、家来と不義のこと露顕いたし候|間《あいだ》、後《のち》の月見の夜、両人ともに成敗《せいばい》を加え候ところ、女の亡魂さまざまの祟りをなすに付、その黒髪をここにまつりおき候事。
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昔の旗本屋敷などには往々こんな事があったそうだが、その亡魂が祟りをなして、ともかくも一社の神として祭られているのは少ないようだ。そう判ってみると、職人たちも少し気味が悪くなった。しかし梶井の父というのはいわゆる文明開化の人であったから、ただ一笑に付したばかりで、その書き物も黒髪もそこらに燃えている焚火のなかへ投げ込ませようとしたのを、細君は女だけにまず遮《さえぎ》った。それから社を取りくずすと、縁の下には一匹の灰色の蛇がわだかまっていて、人々はあれあれといううちに、たちまち藪のなかへ姿をかくしてしまった。
蛇はそれぎり行くえ不明になったが、かの書きものと黒髪は残っている。梶井の母はそれを自分の寺へ送って、回向《えこう》をした上で墓地の隅に葬っても
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