んだ。」
「稲荷さまの縁の下から大きな蛇が出たんだ。」
 僕は思わず笑い出した。梶井は今まで下町《したまち》に住んでいたので、蛇などをみて珍しそうに騒ぐのだろうが、ここらの草深いところで育った僕たちは蛇や蛙を自分の友達と思っているくらいだ。なんだ、つまらないといったような僕の顔をみて、梶井はさらに説明した。
「君も知っているだろう。僕の庭の隅に、大きい欅《けやき》が二本立っていて、その周りにはいろいろの雑木《ぞうき》が藪のように生い茂っている。その欅の下に小さい稲荷の社《やしろ》がある。」
「むむ、知っている。よほど古い。もう半分ほど毀れかかっている社だろう。あの縁の下から蛇が出たのか。」
「三尺ぐらいの灰色のような蛇だ。」
「三尺ぐらい……。小さいじゃないか。」と、僕はまた笑った。「ここらには一間ぐらいのがたくさんいるよ。」
「いや、蛇ばかりじゃないんだ。まあ、早く来て見たまえ。」
 梶井がしきりに催促するので、僕も何事かと思ってついて行くと、広い庭には草が荒れて、雑木や灌木《かんぼく》がまったく藪のように生い茂っている。その庭の隅の大きい欅の下に十人あまりの植木屋があつまって、何か
前へ 次へ
全20ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング