に少しく風邪を引いたので、当分は張番を見合せることになった。それでも毎朝一度ずつは空地を見廻って、新しい穴が掘られているかどうかを調べていたが、最初に発見された九カ所と後の一カ所と、その以外には新しい穴は見いだされなかった。かれらもこのいたずら――まずそうらしく思われる――を中止したらしかった。
それから半月あまり無事に過ぎた。その以来、家内の女たちをおびやかすような怪しい響きもきこえなくなって、この問題も自然に忘れられかかった時に、父はふとあることを思いついた。それはあたかも日曜日の朝であったので、父はすぐに近所の米屋をたずねた。
米屋は前にいったような事情で、わたしの家を昔の持主から譲りうけて、更にそれをわたしの父に売り渡したのである。そうして、現在もわたしの家に米を入れている。その米屋の主人に逢って、昔の持主のことをたずねると、主人はこう答えた。
「その節も申上げましたが、あなたのお屋敷には安達《あだち》さんというお武家が住んでいらしったのでございますが、そのお方は脱走して、越後口で討死をなすったということでございます。」
「その安達という人の家族はどうしたね。」と、父はまた
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