ョイと通りがかりに見ただけで、直ぐわかったらしいのです。どうも余所《よそ》から来て掘出し物をされちゃ困りますね、といって笑いましたが、――中にはそう掘出し物ばかりもなかったかも知れない。悪くいえばがらくた[#「がらくた」に傍点]に近いものもあったでしょう。こういうものは元来主観的なものだから、本人がこれでいいと思えばそれでいいのかも知れません。私も米斎君から、瓦みたいなものだの、仏様みたいなものだのを頂戴して、難有《ありがと》うございますと御礼はいったけれども、実によくわからないので、戸棚へつッこんでおくうちに、震災でみんな焼いてしまいました。
去年東北の方へおいでなすった御土産に、堤人形の和唐内を貰いました。これが米斎君から頂戴したものの最後です。今では仙台にこの人形を売る店が二軒位しかないそうですが、そこへ行ってみると、水兵だとか、ベースボールのバットを持っているものだとかいうものばかりで、一向面白くない。漸く棚の隅のところに、今売れない和唐内や何かが押込んであるのを発見して、それを買って来たのだ、ということでした。こういう調子で出先へ行っては何か買われるんだから、そればかりでも
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