《ぐち》を云つても始まらない。自分ひとりの力でも歌舞伎の奴等を蹴散らして再びあやつりの全盛時代にひき戻さなければならないと、わたしも一生懸命に働いた。まつたく根かぎりに働いた。あらん限りの智慧を絞つて働いた。壇の浦の知盛《とももり》や教經《のりつね》のやうな心持で大童《おほわらは》になつて戰つた。
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(云ひかけて半二は咳き入る。お作は立寄つて脊を撫でさする。)
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半二 この机は……。この机は門左衞門先生が形見のお机だ。先生はこの机で「國姓爺《こくせんや》」も書けば「天網島《てんのあみじま》」も書き、「博多小女郎《はかたこぢよらう》」も書かれたのだ。わしが讓り受けてからも三十三年になる。先生があやつり芝居を興して、その弟子のわたしが操り芝居を滅亡させては、先生に對しても申譯がない。朝に晩にその畫像を拜むたびに、あんなに柔和な先生の顏がなんだか怖ろしいやうに思はれてならない。あの優しい眼がわたしを睨んでゐるやうにも見える。(又咳き入る)
お作 御病氣のなかで、そのやうに氣をお揉みなされては惡うござり
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