ますが……。(云ひにくさうに又あたまを掻く)御病氣中おせき立て申すのは餘りに心ないやうで、なんとも申兼ねる次第でござりますが……。(あとを云ひ兼ねて又躊躇してゐる)
染太夫 御病氣を知りながら、押して無理を願ふのは餘りに勝手過ぎるやうだとわたし等も一應は止めてみたが、何分にも座元の方では必死の場合で、今度は是非とも先生の新淨瑠璃を出したい。さもなければ次興行の蓋をあける見込みが立たないと云ふのでな。
吉治 庄吉殿ひとりでは何うも行きにくいとか、云ひ辛いとか云ふのでわたし等もよんどころなく連れ出されて、お見舞ながらお頼みに出たわけですが……。この御樣子ではなあ。(染太夫と顏をみあはせる)
半二 (興奮して)いや、さう聞けば猶さら書かなければなりません。あの淨瑠璃は去年の暮に六つ目までの草稿をお渡し申して、正月中には殘らず書き上げてしまふ筈のところを、この通りの始末でだん/\におくれました。かうしてゐても、そればかりが氣になるので、醫者から叱られるのも構はずに、枕元に机を控へて、どうやら七つ目と八つ目を書いてしまひましたよ。
庄吉 (乘り出して机の上を覗く)では、もう七つ目と八つ目が出來ま
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