治もそのままでは捨て置かれないので、主人のもとへ引っ返して行ってその次第をささやくと、忠通も眉を寄せた。
「ついぞないこと。どうしたものじゃ」
彼は席を起って清治と一緒に玉藻の隠れ場所をたずねると、彼女は奥まった亭の薄暗いなかに俯伏しているのを発見した。
「心地がようないと聞いたが、どうじゃな」と、忠通は立ち寄って、彼女の肩越しにうしろから覗こうとして驚いた。玉藻は床に顔をおしつけるばかり身を投げ伏して、嗚咽《おえつ》の声をもらしているのであった。清治も驚いた。主《しゅう》と家来とは顔をみあわせて暫く黙っていた。
「はは、こりゃ誰やらになぶられたな」と、忠通はほほえんだ。
昼からの饗宴で、ひとも我もみな酔うている。花と酒とに浮かされた若公家ばらのうちには、たそがれの薄暗がりにまぎれて彼女の袂《たもと》をひいた者もあろう、彼女の黒髪をなぶった者もあろう。それがけしからぬいたずらとしても、楚王《そおう》が纓《えい》を絶った故事も思いあわされて、きょうの場合には主人の忠通もそれを深く咎めたくなかった。清治もそこに気がつくと、今までの不安は一度に消えて、これもにやにやと笑い出した。
「なん
前へ
次へ
全285ページ中95ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング