お》い空は静かに高く澄んでいるが、その高い空から急に冬らしい尖った風が吹きおろして来て、柳の影はきのうにくらべると俄に痩せたように見えた。大納言|師道《もろみち》卿の屋形《やかた》の築地《ついじ》の外にも、その柳の葉が白く散っていた。
ひとりの美しい乙女《おとめ》が屋形の四足門《よつあしもん》の前に立って案内を乞うた。
「山科郷にわびしゅう暮らす藻《みくず》という賤《しず》の女《め》でござります。殿にお目見得《めみえ》を願いとうて参じました」
取次ぎの青侍《あおざむらい》は卑しむような眼をして、この貧しげな乙女の姿をじろりと睨《ね》めた。しかもその睨めた眼はだんだんにとろけて、彼は息をのんで乙女の美しい顔を穴のあく程に見つめていた。藻はかさねて言った。
「承りますれば、関白さまの御沙汰として、独り寝の別れというお歌を召さるるとやら。不束《ふつつか》ながらわたくしも腰折れ一首詠み出《い》でましたれば、御覧に入《い》りょうと存じまして……」
彼女は恥ずかしそうに少しく顔を染めた。青侍は我に返ったようにうなずいた。
「おお、そうじゃ。関白殿下の御沙汰によって、当屋形の大納言殿には独り寝
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