の煙りのなかから、藻に似た女の顔が白くかがやいて見えた。
「射よ」と老人は鞭《むち》をあげて指図した。
無数の征矢《そや》は煙りを目がけて飛んだ。女は下界《げかい》をみおろして冷笑《あざわら》うように、高く高く宙を舞って行った。千枝松はおそろしかった。それと同時に、言い知れない悲しさが胸に迫ってきて、彼は思わず声をあげて泣いた。
不思議な夢はこれで醒めた。
あくる朝になっても千枝松は寝床を離れることが出来なかった。ゆうべ不思議な夢におそわれたせいか、彼は悪寒《さむけ》がして頭が痛んだ。叔父や叔母は夜露にあたって冷えたのであろうと言った。叔母は薬を煎《せん》じてくれた。千枝松はその薬湯《やくとう》をすすったばかりで、粥《かゆ》も喉には通らなかった。
「藻はどうしたか」
彼はしきりにそれを案じていながらも、意地の悪い病いにおさえ付けられて、いくらもがいても起きることが出来なかった。叔母も起きてはならないと戒《いまし》めた。それから五日ばかりの間、彼は病いの床に封じ込められて、藻の身の上にも、世間の上にも、どんな事件が起こっているか、なんにも知らなかった。
三
碧《あ
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