は世にたぐいなく美しゅう見えるが、あれは人間ではない。十万年に一度あらわるる怖ろしい化生《けしょう》の者じゃ。この天竺の仏法をほろぼして、大千《だいせん》世界を魔界の暗闇に堕《おと》そうと企《くわだ》つる悪魔の精じゃ。まずその手始めとして斑足太子をたぶらかし、天地|開闢《かいびゃく》以来ほとんどそのためしを聞かぬ悪虐をほしいままにしている。今お前が見せられたのはその百分の一にも足らぬ。現にきのうは一日のうちに千人の首を斬って、大きい首塚を建てた。しかし彼女《かれ》が神通自在でも、邪は正にかたぬ。まして天竺は仏の国じゃ。やがて仏法の威徳によって悪魔のほろぶる時節は来る。決して恐るることはない。しかし、いつまでもここに永居《ながい》してはお前のためにならぬ。早く行け。早う帰れ」
僧は千枝松の手を取って門の外へ押しやると、くろがねの大きい扉《とびら》は音もなしに閉じてしまった。千枝松は魂が抜けたように唯うっとりと突《つ》っ立っていた。しかし幾らかんがえ直しても、かの華陽夫人とかいう美しい女は、自分と仲の好い藻に相違ないらしく思われた。化生の者でもよい。悪魔の精でも構わない。もう一度かの花園
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