に応《こた》えるように、ゆらゆらと揺るぎ始めた。彼はつづけて呼んでみた。
「藻よ。玉藻よ……。千枝太郎がたずねて来たぞ」
 石は又ゆらめいた。そうして、ひとりの艶《あで》やかな上臈《じょうろう》の立ち姿がまぼろしのように浮き出て来た。柳の五つ衣《ぎぬ》にくれないの袴をはいて、唐衣《からごろも》をかさねた彼女の姿は、見おぼえのある玉藻であった。
「千枝太郎どの、ようぞ訪ねて来てくだされた。そのこころざしの嬉しさに、再び昔の形を見せまする」
 寒月に照らされた彼女は、むかしのように光り輝いていた。千枝太郎は夢心地で走り寄ろうとするのを、彼女は檜扇で払い退《の》けるようにさえぎった。
「それほどのこころざしがあるならば、なぜ今までにわたしの親切を仇《あだ》にして、お師匠さまの味方をせられた。又いっときなりとも三浦の娘に心を移された。それが憎い、怨めしい。今更なんぼう恋しゅう思われても、お前とわたしとの間には大きい関が据《す》えられた。寄ろうとしても寄られませぬぞ」
「それはわしの過失《あやまち》じゃ。免《ゆる》してたもれ」と、千枝太郎は枯草の霜に身をなげ伏して泣いた。「今までお身を疑うたはわ
前へ 次へ
全285ページ中282ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング