いったことのないという森の奥に隠れ、髑髏を枕にして古塚の下に眠っているのであった。この奇怪なありさまに二人はまたぞっとしたが、千枝松はもう怖ろしいよりも嬉しい方が胸いっぱいで、前後も忘れて女の枕もとへ這い寄った。彼は藻の手をつかんで叫んだ。
「藻よ、千枝ま[#「ま」に傍点]じゃ。藻よ」
翁も声をそろえて呼んだ。呼ばれて藻はふらふらと立ち上がったが、彼女はまだ夢みる人のようにうっとりとして、千枝松の腕に他愛なく倚《よ》りかかっているのを、二人は介抱しながら森の外へ連れ出した。明るい月の下に立って、藻はよみがえったようにほっと長い息をついた。
「どうじゃ。心持に変わることはないか」
「どうしてこんなところに迷いこんだのじゃ」
千枝松と翁は代るがわるにきいたが、藻は夢のようでなんにも知らないといった。今夜はいつもよりも千枝ま[#「ま」に傍点]の誘いに来るのが遅いので、彼女は一人で家を出て清水の方へ足を運んだ。それまでは確かに覚えているが、それから先きは夢うつつで何処《どこ》をどう歩いたのか、どうしてこの森の奥へ迷い込んだのか、どうしてここに寝ていたのか、自分にもちっとも判らないとのことで
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